山河海空

自然から日常生活まで,独自の視点でみていきます.

コーヒーの「美味しさ」の科学と文化

コーヒー

コーヒーの味は経験や文化によって積み上げられてできた味です.多くの子供が無糖や微糖のコーヒーを不味く感じることから,コーヒーは大人の味ともいえます.

飲食物の嗜好には先天的なものと後天的なものがあるようです.草食動物が草を,ほ乳類がミルクを好むのは先天的に近く,生理的に消化できる身体構造になっています.

コーヒーは明らかに後天的な嗜好飲料です.そして,美味しいコーヒーを味わうと不味いコーヒーは飲むに堪えられなくなります.

コーヒーの美味しさ

コーヒーの「美味しさ」はどこから来るのでしょうか?コーヒーは後天的な嗜好飲料ですから,経験が積み上げられてできた「美味しさ」です.「美味しさ」は主にに味(フレーバー),香り,温度,色,雰囲気などから成り立っています.

味や香りや温度は納得しても,色や雰囲気は納得しにくいかも知れません.内側が真っ黒なカップでコーヒーを飲んだことがあるでしょうか?コーヒーらしい味がしません.緑茶や紅茶も同様で,色が見えないと味が分かりにくいです.味は経験からの部分も大きいので色や雰囲気も重要です.

雰囲気も大切です.例えばコーヒーカップを使わないで,味噌汁の椀で飲んでみてください.ぜんぜんコーヒーらしくありません.試験管やビーカーで飲んでも同様です.また,大勢で飲むときと一人で飲むときは印象が変わります.

この様に「美味しさ」は様々な要素の組み合わせで成り立っているので,その内の一つが欠けただけで,大きく損なわれてしまいます.

美味しさの主成分である味(フレーバー)と香り

次は最も大切とされる味と香りの話です.ここから先はコーヒーに関して,英文ですが詳しいサイトがありますので,主にそこからの内容になります.

coffeeresearch.org Science http://www.coffeeresearch.org/science/aromamain.htm

スペシャリティーコーヒーにとって最も重要な役割をしているのは「アロマ」です.舌触り,甘味,塩味,苦み,酸味などを舌で感じますが,「アロマ」 を損なうとインスタントコーヒーレベルとなってしまいます.

では「アロマ」とは何でしょうか?「アロマ」はコーヒーを飲んだ時,鼻と鼻の奥にある部分で感じる香りです.コーヒーから出てくる揮発性の物質を臭覚で感じ取るわけです.この感覚が脳へ伝わり,「美味しさ」とか「不味さと」認識されます.

「アロマ」を引き起こす揮発性物質は800種類を超えています.それぞれの物質の濃度(強さ)と臭いを感じ取る閾値*以上の量により様々な感覚をつくりあげます.

アロマを引き起こす揮発性物質

コーヒーで有名なイタリアのイッリカッフェ(illycaffè S.p.A.)ではコーヒー―の揮発性物質ができるための化学変化を以下の様に列挙しています.

1) メイラード反応(肉,玉ねぎ,パンなどを焼いた時褐色になり香ばしくなる反応)あるいは非酵素反応による褐色化によるもの.これは含窒素物質,アミノ酸たんぱく質,トリゴネリン,セロトニン,炭水化物,フェノールなどの物質が変質して様々な香気をつくります.

2) ストレッカー反応(一種のアミノ酸合成反応)

3) アミノ酸 amino acids,特に含硫アミノ酸,ヒドロキシアミノ酸,及びプロリン proline(アミノ酸の一種)の変質

4) トリゴネリン trigonelline(ピリジン環を持つアルカロイドの一種)の変質

5) 糖質の変質

6) フェノール酸 phenolic acids ,特にキナ酸 quinic acidの変質

7) 微量の脂質lipid の変質

8) 中間生成物質うしの相互作用

(多少追加意訳,以下原文) 1) Maillard or non-enzymatic browning reaction between nitrogen containing substances, amino acids, proteins, as well as trigonelline, serotonine, and carbohydrates, hydroxy-acids and phenols on the other. 2) Strecker degradation. 3) Degradation of individual amino acids, particularly, sulfur amino acids, hydroxy amino acids, and proline. 4) Degradation of trigonelline. 5) Degradation of sugar. 6) Degradation of phenolic acids, particularly the quinic acid moiety. 7) Minor lipid degradation. 8) Interaction between intermediate decomposition products.

要するに様々な化学反応が起きているということです.1)のメイラード反応は焼いた時に出てくる香ばしい香りです.非常に多くの素反応からできていますが,全容は未だ十分には解明されていません.

コーヒーらしさをつくっている物質のリスト

アロマを引き起こす800以上ある揮発性物質の中で,特にコーヒーのコーヒーらしさをつくっている物質のリストです.

Important aromatic compounds in coffee as summarized by Grosch. Click on compound name for more information

VolatileCoffee Aroma Description 香りの特徴

Conc. (mg/L),OAV

(E)-ß-Damascenone, honey-like, fruity ハチミツ,フルーツ

1.95x10-1,2.60x105

2-Furfurylthiolroasty (coffee)  ロースト臭

1.08,1.10x105

3-Mercapto- 3-methylbutylformatecatty 動物臭,roasty ロースト臭

1.30x10-1,3.70x104

3-Methyl-2-buten-1-thiolamine-like アミン臭

8.20x10-3,2.70x104

2-Isobutyl-3-methoxypyrazineearthy 土の香り

8.30x10-2,1.70x104

5-Ethyl-4-hydroxy- 2-methyl-3(2H)-furanone,

1.73x10,1.50x104

Guaiacolphenolic フェノールのような香り,spicy スパイシー

4.20,1.10x104

2,3-Butanedione (diacetyl)buttery バター臭

5.08x10,3.40x103

4-Vinylguaiacolspicy スパイシー

6.48x10,3.20x103

2,3-Pentanedionebuttery バター臭

3.96x10,1.30x103

Methionalpotato-like ポテト臭,sweet 甘い香り

2.40x10-1,1.20x103

2-Isopropyl-3-methoxypyrazineearthy 土の香り, roasty ロースト臭

3.30x10-3,8.30x102

Vanillin,vanilla バニラの香り

4.80,1.90x102

4-Hydroxy-2,5-dimethyl- 3(2H)-furanone (Furaneol)caramel-like カラメルの香り

1.09x102,1.70x103

2-Ethyl-3,5-dimethylpyrazineearthy 土の香り,roasty ロースト臭

3.30x10-1,1.70x102

2,3-Diethyl-5-methylpyrazineearthy 土の香り,roasty ロースト臭

9.50x10-2,1.00x102

3-Hydroxy-4,5-dimethyl- 2(5H)-furanone (Sotolon)seasoning-like 調味料臭

1.47,7.50x10

4-Ethylguaiacolspicy スパイシー

1.63,3.00x101

5-Ethyl-3-hydroxy-4-methyl- 2(5H)-furanone (Abhexon)seasoning-like 調味料臭

1.60x10-1,2.00x10

Table References: 1) Grosch, 151. 2) Blank et al., 124.

Definitions: Odor threshold - minimum detectable quantity via nasal perception. Taste threshold - minimum detectable quantity via retronasal perception. Odor Activity Value (OAV) - ratio of the concentration of a molecule to its odor threshold. Flavor dilution factor - when high signifies a key odorant.

引用元:coffeeresearch.org Science http://www.coffeeresearch.org/science/aromamain.htm

むすび

コーヒーの「美味しさ」は砂糖や塩の様に単純ではなく,様々な化学物質の相互作用と人類の味覚の積み上げと記憶の継承(=文化)によってつくられてきました.

やや極論的にいうと,感覚器官への様々な刺激の組み合わせで脳が心地良いイメージと結び付けたものを「美味しい」という記憶として覚えているわけです.

その中で多くの人が賛同できる「美味しさ」が味や香りの組み合わせとして継承されていきます.そういう意味で,「美味しさ」は文化の一つなのだと思います.

今日はこれまで.ではまた.