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ハロウィンの起源とケルト人

ハロウィン 1

10月に入ると,街中のお店にハロウィン (Hallowe'en) の飾り付けがみられるようになります.ハロウィンは日本でもだんだん注目されてきました.黒や紫色など独特な仮装やオレンジ色のカボチャが印象的です.

アメリカではカボチャの中身がくりぬかれた怖い顔のお化けランタン(ジャック・オー・ランタン)を飾ったり,子供たちが仮装して近所の家を訪問し,お菓子をもらったりする風習があります.

ハロウィンはヨーロッパ起源のお祭りですが,キリスト教とは関係がありません.古代ケルト人が起源のお祭りと考えられています.

古代ケルト人 Celt

古代ケルト人は中央アジアの草原地帯からヨーロパに渡来し,紀元前1000年頃には現在のフランスとドイツの国境付近を中心に定住し,紀元前400年頃には現在のイギリスを含む西部,中部,東部ヨーロッパに広く住んでいました.

カエサルガリア戦記で有名なガリア人もケルト人の一部です.現在では,アイルランドスコットランドマン島ウェールズ、及びブルターニュの人々の一部がケルト語派の言語を話しています(約100万人).

ケルトという言い方は歴史学上の言語,文化のグループとして近現代に使われるようになったので,厳密にはケルト人(Celts)ではなく,ケルト系(Celtic)と呼ばれています.

古代ケルト人のハロウィン

古代ケルトでは夏の終わりは一年の終わりで,冬の始まりは新しい年の始まりと考えていました.日本で言うとお正月ですね.

厳密にいうと,10月31日の日没が旧年の終了で同時に新年の開始でした.古代ケルト人はこの瞬間からかがり火を焚き,その周りで踊ったといいます.そして,翌朝にかがり火から各家庭に火を分けたと言われます.

ただし,日にちに関しては暦の話でお話した通り,季節とずれていく問題や古代ケルトの暦は現代のものと違いますから,歴史的変遷を経て(少なくともグレゴリオ暦以降)になってから相当日を10月31日だとか11月1日に確定したのだと思います.

いずれにしても,古代ケルト人は彼らの新年に死者の霊が家族を訪ねて来る時と信じられていて,悪い精霊や魔女もやって来るので,仮面を被り魔よけの焚火を焚いて寄せ付けない様にしていました.日本のお盆に悪霊が一緒に迷い込む様なイメージかも知れません.

この風習がハロウィンの仮装の意味で,悪い精霊や魔女に扮した子供たちが近所を訪ねてお菓子をもらうように変わってきたと考えられています.

また,焚火がジャック・オー・ランタンになり,カボチャをくりぬいて中でろうそくや電灯を光らせる形に変わりました.アメリカ大陸発見以前は「カブ」をくりぬいてランタンをつくっていたとの事です.

ここまで読むと,ハロウィンは日本の正月とお盆と秋の収穫祭と節分の豆まきの行事を一つにまとめたような意味があったのかも知れません.

「鬼は外」の鬼の役を仮装子供がやっているところは違いますが,豆だけでなく,お菓子をまく様になった現代の豆まきと,儀式が形骸化して変化していくところがちょっと似てますね.

今日はこれまで.ではまた.