富士登山の連載もこれが最終回.安全に楽しく登ることを第一としてお話ししてきました.今日は途中で詳しくお話しできなかった,富士登山途中の楽しみかたについてお話しします.
御来光やお鉢巡りはもちろん最大の楽しみですが,登っている時,下っている時もただ苦しいばかりだけでは無く楽しむことができます.以下私が実践している楽しみ方について順にお話しします.
空気の美味しさを味わう
登山で大切なことは早く登ろうと焦らないことです.計画に従う事は大事だけれど仕事ではありません.
気持ちをくつろがせて散歩の時の様にあれこれ周囲を眺めながら登るのです.
だんだん高度が高くなり空気が薄くなりますので,呼吸はいつもよりやや深めに意識します.そして,空気がすごく美味しいことを味わうのです.
街中では決して味わえない新鮮な空気に満たされていることに気が付くだけでここに来た甲斐があったと思えます.
星空を楽しむ
何と言っても夜空の星はすごいです.天文の知識がもっとあったらと思います.スマホがあれば星座アプリを載せておきましょう.使い方も練習しておきましょう.
行く前に大体の星座の位置を覚えておきます.この位置関係は登山時期が同じであれば一生涯同じです.20年後でも30年後でも同じ星座が同じ場所にみえます.一生の財産になりますよ.
星空の見どころは月が出ていれば月の明るさ.月の光で影が見えます.街中では無理です.
月が出ていなければ,天の川のすごいこと.こんなに明るい帯が日頃なぜ見えないのか不思議なくらいです.もちろん月が出ていても天の川は見えます.
天の川を見た後はこと座ベガとワシ座アルタイルを見つけましょう.この二つが織姫星,彦星で天の川を挟んで輝いているのがわかります.
そして天の川の中に白鳥座とα星(その星座で一番明るい星)のデネブを結べば夏の大三角となります.
休憩するたびに大三角の位置を確認しましょう.天頂(真上のこと)付近を通り,だんだん西に傾いてきます.星が時計の様に刻々と位置を変えていきます.
頂上方向が南西方向ですから斜め右前側が西です.ジグザグの坂道で方向感覚がつかみにくいかも知れませんが,頂上に向かって右斜め後ろが北になりますので,その方向に北極星が見えると思います.
そして,深夜を過ぎて大三角が傾いたころ,おうし座が東の空から登ってきます.ここにはプレアデス星団があります.単眼鏡があれば星団がくっきり見えます.望遠鏡があれば星雲などもっといろいろ見えるのですが,登山の合間に空を眺めるだけでも楽しいです.そして間もなく夜明けで空が白んできます.
この季節には流星群があります. 7月下旬頃から8月上旬にはみずがめ座δ流星群とやぎ座流星群があります.7月26日頃からは明らかに流星数が増えます.21時前後には輻射点がそれぞれ昇ってきています.8月12日22時頃から13日夜明けまでは,ペルセウス座流星群が極大です.8月末頃にはかなり減ってきます.
という具合に星空を眺めていると流れ星を見ることができます.水瓶座,やぎ座,ペルセウス座の方向は事前に要確認です.
また,惑星は各年違うのですが,マイナス等級でかなり明るい場合があります.是非その明るさを味わってみると良いです.
昔の人が「惑星」と名付けて特別扱いした理由が良く体感できます.
さらに,時間帯にもよりますが,人工衛星も見えます.人工衛星観測用のアプリがありますから載せておくと良いでしょう.
以上星空だけでも見どころ満載です.登山していることすら忘れてしまいそうです.
でも,すぐ隣には星空のすごさに気づかず,次の山小屋ばかり見て歩いています.他の人達が気づいていないものを密かに楽しんで感動する醍醐味は一生ものですよ.
静かな環境を楽しむ
真っ暗で風の音と山小屋から聞こえる発電機の音だけの静かな環境を心行くまで楽しんでください.街中ではめったに味わえません.山小屋にあるランプの明るさに驚きます.近づいて見ると電球一つだけです.エジソンの時代の電灯の明るさに感動したという意味が分かりますよ.
そして,山小屋にたどり着くと山小屋の独特な匂い.主に発電機からの排気ガスと便所からの異臭です.でもこの匂いは人間界の匂いです.この匂いが人類とその文明だと思うと考え深いものがあります.
大きな石,岩の場所と形を覚える 私の楽しみの一つに大きな石と岩の場所と形を覚えることがあります.人が動かせない石は何十年もそこにあったのです.なんども登っているといつも休憩時に腰かける石まで覚えています.この石が何年先に登っても同じ所にあることを思うと挨拶したくなります.どうか噴火など起きませんように.
御来光の楽しみ方,お鉢巡りの楽しみ方
御来光は昇るまで同じ場所でずっと眺めています.太陽の素晴らしさを心から味わうにはゆったりと眺めてください.太陽の動きの速さに驚きます.
お鉢巡りは異界巡りです.特に西側は人も少なくその雰囲気が漂っています.反時計回りをお勧めします.苦しい時には無理せず,やめて下山しましょう.楽しくなければ登山ではありません.
斜面の楽しみ方
下山は長い長い下り坂とのお付き合いです.私はスキーが好きなのでスキーの練習だと思ってバランス感覚と長時間の安定を目指してひたすら自主トレのイメージで下ります.下山は速やかに降りることが多いですが,疲れたら休みましょう.
森林地帯にて
高山植物の宝庫です.決して持ち帰ったりしないでください.以前植物にはあまり興味が無かったのですが,ホタルブクロがいつも同じところに群生しているのを見つけうれしく思いました.
数週間前に,牧野富太郎博士が富士山の植物を調査した話を読みました.今度登る時はもう一度読んで,下調べしてから登ります.
帰りのバスの中で
私は旅の最後で乗り物に乗ると必ず出会ったことを思い出しながら,感想を走り書きします.感覚が残っている内に総括しておきたいのです.
家に帰ると記憶は残っていますが感覚や感動は曖昧になってしまいます.一日を振り返りながらバスに揺られていると知らぬ間に寝落ちして新宿に着いています.
富士山で出会った人達
富士山で出会った人達は多いのですが,何年も連絡を取り合ったりしています.一人で登る時はたいてい途中で知り合った人達と一緒に帰ることになります.
「富士友」と勝手に呼んでいますが,後日富士山の情報交換したりして交流が続きます.
外国から訪れた人達だったりした場合は,その後の富士山の情報や写真を送ってあげたりすると懐かしんで喜んでくれます.外国からの登山者の中には良く下調べせず,無謀な挑戦をし,途中で戸惑っていたりしますので,助け甲斐があり,後ですごく感謝されます.これらも後で楽しい思い出となります.
富士山の連載はここまでです.まだまだ,お話ししたいことはあるのですが,機会があれば各論でお話しします.
今日はこれまで.ではまた.