山河海空

自然から日常生活まで,独自の視点でみていきます.

ムジナモと植物学者 牧野富太郎博士

ムジナモ発見碑

先日ハナショウブ巡りで小岩菖蒲園でムジナモという水生の食虫植物の発見碑を見つけました.この発見は植物学者で有名な牧野富太郎博士によって見つけられました.

この発見が牧野氏を世界的に有名にしたのですが,それが小岩の江戸川河川敷だと初めて知りました.

ムジナモ発見のいきさつ

いきさつについては牧野氏本人が書いた短編の随筆になっています. 「今から、およそ六十年ほど前のこと、明治二十三年、ハルセミはもはや殆ど鳴き尽してどこを見ても、青葉若葉の五月十一日のこと私はヤナギの実の標本を採らんがために、一人で東京を東に距る三里許りの、元の南葛飾郡の小岩村伊予田に赴いた。

江戸川の土堤内の田間に一つの用水池があつた。この用水池は、今はその跡方もなくなつている。この用水池の周囲にヤナギの木が繁つていて、その小池を掩うていた。私はそこのヤナギの木に倚りかかつて、その枝を折りつつ、ふと下の水面に眼を投げた刹那、異形な物が水中に浮遊しているではないか。

「はて、何であろうか」と、早速これを掬い採つて見たら、一向に見慣れぬ一つの水草であつたので、匆々東京に戻つて、すぐ様、大学の植物学教室(当時のいわゆる青長屋)に持ち行き、同室の人々にこの珍物を見せたところ、みな「これは?」と驚いてしまつた。」

全文は青空文庫に掲載されています.

ムジナモ発見物語り 牧野富太郎

https://www.aozora.gr.jp/cards/001266/files/47239_29289.html

ムジナモについて

ムジナモについてはやはり当人が以下の様に記しています. 「ムジナモは「貉藻」の意で、その発見直後、私のつけた新和名であつた。即ちそれはその獣尾の姿をして水中に浮んで居り、かつこれが食虫植物であるので、かたがたこんな和名を下したのであつた。

このムジナモは緑色で、一向に根はなく、幾日となく水面近くに浮んで横たわり、まことに奇態な姿を呈している水草である。一条の茎が中央にあつて、その周囲に幾層の車輻状をなして沢山な葉がついているが、その冬葉には端に二枚貝状の嚢がついていて、水中の虫を捕え、これを消化して自家の養分にしているのである。故に、根は全く不用ゆえ、固よりそれを備えていない。また、葉の先きには四、五本の鬚がある。」

実物があったのでみたのですが,猫じゃらしを水に浮かべているみたいで,私だったら気が付かないでしょう.牧野氏の経験と観察力が偶然の発見につながったのだと思います.展示されているものを触らせて頂きましたが,全然動きませんでした.水中のミジンコなどのサイズでなければ反応しません.

ムジナモ

ムジナモの詳細については他のサイトがいろいろありますので,興味がある方は検索してみてください.開花の瞬間や虫を捕らえる動画などもアップされています.

日本の植物学の父 牧野富太郎博士

ところで,昨日の「ワルナスビ」も牧野氏の命名とのこと.1906年明治39年)に千葉県成田市御料牧場で発見されました.

小学校の頃から牧野富太郎の名前は知っていました.植物に興味はありませんでしたが,植物図鑑は欲しいなと思っていました.牧野日本植物図鑑―復刻版が出ていますがチョット高くて手が出ません.青空文庫には著書が13冊もあり,ざっと目を通しましたが,なかなか興味深い内容でした.読み切れません.

牧野氏についてはウィキペディアに以下の様に書かれています.

「日本の植物学の父」といわれ、多数の新種を発見し命名も行った近代植物分類学の権威である。その研究成果は50万点もの標本や観察記録、そして『牧野日本植物図鑑』に代表される多数の著作として残っている。小学校中退でありながら理学博士の学位も得て、生まれた日は「植物学の日」に制定された。 ------ 以上,引用.

50万点の標本や観察記録って一日当たりいくつづつになるのか計算すると気が遠くなります.どんな毎日を送られていたのでしょうか?著書もいろいろとありました.

青空文庫とは別に,牧野富太郎 「なぜ花は匂うか」STANDRD BOOKS 平凡社を読み始めました.小さい本だけれどよく編集されています.全く時代を感じさせません.氏の話やアイデアも面白い.本当に植物が好きで好きでたまらない人が書いたとすぐわかる内容です.

まだ読んでいる最中ですが,一読をお勧めします.

今日はこれまで.ではまた.