映画「キャスト・アウェイ」について語りましたが,今回はその後編です.
自分の力に頼れるときは自力だけでなんとか切り抜けようとします.でも,これは人の一種の傲慢でもあります.結局,チョットした行き違いが致命的な結果ををもたらしたりします.
天の意地悪というか試練に会う訳です.ところが,本当にどうしようも無い状態になって,運を天に任せると,偶然の中から思いもよらない展開が現れたりします.
普段は様々な偶然の中に暗示が示されているのに気がつかない.そのまま通り過ぎてしまいます.
主人公は命を失う寸前まで何度も辛い経験を越えてきました.すると,あることにだんだん気がついてきます.どんな厳しい時でも希望が無くても投げ槍にならずに,息をして生き続けることと.そうすればいつか次の展開がくるのでそれに素直に従えば良いとうということです.物と偶然が物語の展開に重要な役割をしています.具体的に見ていきましょう.
残された身の回りの物
- 乗ってきた救命ゴムボート(脱出失敗で穴が開く)
- 懐中時計(写真は残っているが,時計は壊れている)
- 懐中電灯(洞窟で使い,間もなく電池が無くなる)
- 靴
夜,遠くに船の光を見つけ,翌朝,ゴムボートで沖に向かいますが,波に飲まれサンゴで大けがをします.ボートも破れます.その晩は嵐となり何とか洞窟にたどり着き一夜を越します.脱出失敗は結果的に生きながらえることにつながります.水も食料も無く,ゴムボートで嵐の海を漂うのは無謀でした.気をを取り直して,漂着した荷物の中身を調べます.
島に漂着したFedEXパッケージを開けると(出て来る順番)
- ビデオテープ数本
- 離婚同意書
- バレーボールと「世界で最も美しいものは世界そのもの」と言う誕生日の贈り物のメッセージ
- 女性用スケート靴
- 女性用衣装
- 1対の黄金の天使の羽と3つの天使のリングのマークのある箱
- 数年後,漂着した仮設トイレのプラスチック製壁の一部
一見利用価値の無いものばかりです.でも,本来の用途とは全然違う使われ方で役立ちます.偶然に手に入ったものが丁度良い具合に役に立っていきます.
直接役に立つものは何一つ無いので,神様の意地悪か運が悪いと受け止め勝ちですが,主人公の知恵が加わることで予想もしない展開が連続します.人の浅はかな運不運感より深い所に天の導きが隠されています.
うまく行きそうだけど結局失敗して,絶望して投げやりになっても,再び気持ちを取り直して素直に向かう事で次の展開が開かれて行きます.
筏で脱出
計画がうまく行き島を脱出することができました.順調に見えたけれど嵐で帆と日除けになっていたトイレの板が吹き飛びます.
意識が薄れる中,クジラが潮を吹いて水をかけてくれます.意識が戻ると心の支えになっていたバレーボールのウイルソンが漂流しているのに気づきますが,疲労の限界で取りに行けません.ウイルソンを失って心の支えと希望を失い,オールを海に流し,死を選びます.
意識を失っていると再びクジラが潮をかけてくれ目を覚まします.すると,貨物船が横を通り救助されます.その時,「ヘルプ」では無く,恋人の名「ケリー」と声を出します.ウイルソンを失っていよいよ社会に戻れる様になるとケリーが唯一の生きがいになります.
社会に戻って
帰国の特別機の中で迎えに来てくれた友人と話しますが,友人が奥さんを失ったことに心からお悔やみを伝えています.心の支えを失う辛さを身に染みて経験しているからでしょう.
戻ると心の支えだったケリーが結婚していることを知らされます.迷いつつもケリーの家に会いに行きます.ケリーも飛行機事故で多くの未来を失っていたことを知ります.主人公はケリーに家宝の海中時計を返します.そして,ケリーは預かっていた車を返します.
雨の中追いかけて来たケリーに別れを告げ家に送ります.そのあと友人の家に行き主人公は彼に次のように語ります.これが4年間の無人島生活で学んだ彼の人生観です.
「人は無力であり,唯一死を選ぶことが自分の意志で選べることかと思ったが,それすらできない全くの無力を経験した.
そして,最後に気がついたことは,希望が無くても生きよう,息をし続けること,そしてそれを続けた.そうしたら,ある時希望が訪れて,とうとう社会に戻れることができた.ところが,戻ってみると彼女を失った.
今はどうして良いかわからない.でも,再び息をし続けよう.そうすれば朝には陽が昇り,再び何かが運ばれてくるかも知れない.」
これがこの映画の主題だと思います.そして,主人公はもう一つの支えであった,天使の羽と天使のリングのマークのある箱の送り主を尋ねます.
メンフィス(テネシー州)からテキサス州のI40,R83交点付近にある送り主Bettinaの家にケリーから返してもらった車で向かいます.映画の冒頭はこの家にFedExの配達員が荷物を届けるところから始まりました.
メンフィスから1,000㎞近い距離です.ちなみに東京-鹿児島間の直線距離と同じくらいです.車には新しく手に入れたウイルソンのバレーボールが載っています.
Bettinaの家には誰もいません.天使の羽のシンボルをつくるは彼女の仕事なので,羽のオブジェがあちこちに散在しています.主人公は家主にメッセージを残して帰ります.
十字路で地図を確認していると通りがかった感じの良い女性が車から降りてきて道を教えてくれます.別れると彼女の車の後ろに天使の羽と3つのリングが描かれているので,初めて彼女が訪問先のBettinaだと知ります.
主人公は十字路の真ん中に立ち,道を確認します.今まで運命のまま選択の余地がない状況だったのに初めて自由に行く方向を選択できる瞬間が来ました.
ひとつひとつ丁寧に道を確認します.最後にBettinaの車の向かった方角を見てかすかに微笑みます.ここで映画は終わります.この後どうなったかは見ている人の想像にまかせています.
結び
物流という物を大量に扱う仕事のエキスパートである主人公が自然の中に放り込まれて限られた物と自然からの恵みで苦難を超えるけれど再び苦難が待ち受ける状況のなかで,3つの物が心の支えのシンボルになっていました.
天使の羽と3つのリングの書いてある箱,ケリーを象徴する懐中時計,そして心の友ウイルソンが宿るバレーボールです.最後に天使の羽と3つの箱を送り主に届けて終わるのですが,次の展開への始まりになるのでしょう.
天使の羽は天からの導きや救いの象徴ともとれます.そして,3つのリングは,勝手な想像ですが,3つの心の支えで羽をバラバラにならないように束ねているのでは?この物語は3つの物が主人公を導いています.
そして,主人公は経験を通して謙虚に運命を受け入れ,天の暗示に沿って進んで行くことを学びます.
ここでは書ききれませんが,映画に出てくるひとつひとつの物やセリフに意味を持たせています.一度見ただけでは理解できない入り組んだ仕掛けがシンプルなストーリーの中にあり,これらをひとつひとつ鑑賞するのも面白いと思います.
表面的なストーリーだけで無く,背景も味わいながら見ると何度でも見ていて飽きない名作です.かなりの回数繰り返してみましたので,私にとって一生忘れない映画となるでしょう.
長くなりました.今日はこれまで.ではまた.
余談
最後にBettinaの十字路での説明ですが,影の向きから見ると,どうしても方向がチグハグです.メンフィスから来るならI40を通ってきたはずだし,R83(南北に走る道)の太陽側(南)から来るのは変です.行き過ぎて戻って来たかも知れませんが.
[caption id="attachment_1093" align="alignnone" width="300"] I40, R83[/caption]
そしてI40を右折して西に行くとカリフォルニアは良いとして,指し示す方向も西なのでカナダには行きません(太陽の方向だと東です).地図を見ても,図を描いて考えても物理的にありえません.I40,R83の交点にはShamrockと言うかなり大きな都市があります.周囲の景色と道路の広さから考えて相当Shamrockから離れているのでは?
主人公が十字路の真ん中に立っていく方向を定めるためにそれぞれの道を向きますが,この時まず,北から東方向(説明による方角)を見る時,影が逆転します.巧妙にロケ地がすり替えられています.
映画に適した360度何もない風景なかなか無いので,場所を変えて撮影していることが分かります.
また,出だしのBettinaの家の撮影で数分の間に影の方向が大きく変わっているので,このシーンは違う時間帯に撮影したのだと分かります.
ロケ地と時間,光の向きと俳優の立ち位置などの撮影上の制約で影の向きが犠牲にされているようです.陽の光の強い屋外での撮影は影の方向を確認するといろいろな苦労が伺い知れます.